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2015/03/29

20世紀を展望して

20世紀が過ぎてはや 15年になります、振り返てみることができる頃合いになったと考えます。
天文の分野に限てみると科学技術の発展が観測技術の飛躍的な向上を招き天空の星や星団の分布の詳細が明らかになりました、にも関わらず宇宙の実態は未だ明らかになっていません、それを示すのが天文に宇宙論という不確定な分野が未だ存在することです、これは20世紀では宇宙の謎を解き明かすことが出来なかったことを示すことになります、にも拘わらず虚像は築き上げましたそれは一般の支持を得るものではありません。
19世紀から引き継いだ数式至上の思考様式が蔓延して本来の科学の探求手法を一変させました、それは対象を直に視ることに関心が向かわず過去の類似の成果を検索する作業に専念することになります、これは期を同じくした唯物史観論争に類似しています、天文の分野では相対論の権威は衰えません、その上に膨張論まで飛び出して空間を無視する様になり20世紀は宇宙を正視出来なくなりました、その結果がブラックホールを生みビグバーンを起こす宇宙の虚構を築いてしまったのです、この20世紀の宇宙像は歴史の審判に耐えうる物なのかを想定すると否と云う以外にありません。
先ず我々が生存する地上の自然と同意の宇宙に自然が存在することを認識出来ていないことが初歩的かつ致命的な欠陥であり虚構を築かざるを得なかった、宇宙の環境認識が不定な状態での憶測や推論に正当性は見だせる訳がありません。
ところで宇宙環境という奇異な表現ですがこれは宇宙空間の物理的な状態を指したものですです、先ずは空間の大気の濃度分布、温度分布、そしてごく低濃度による超流動性の大気空間はまさに気流場であることとその中に存在する星はそこに順応すべく星は回転し重力で大気衣を纏って流動空間に散在しているこの認識が出発点です、数式で描く虚像には真実が在りません。
以上を総括すると20世紀の宇宙論または宇宙像は継続に値しない。

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2015/03/11

待たれる宇宙の立体動画表示

宇宙を縮尺すると云っても長さだけならプラネタリュームで天蓋ドームに星を投影することで実現できたと考える向きもあるがこれは視覚的に縮小された天体の星や星団を投影した疑似天体を示したに過ぎない、かえって立体的な実態を平面的に示すことで星の分布に特化した天体図となり奥行きが失われて平面的な星の分布図と化してしまいます、私たちは宇宙空間という3次元の透明体の中に点在するあまたの星々の1つの星の属星に生存する寄生生物でありながら2次元的な平面についての認識はたけていても空間という3次元空間を把握するのは複雑さが伴うため表現手段が限られる為有効な手法が見つかっていない、その為宇宙の現象は正確に理解できないでいるのが現状です。
ところで風景を描くには平板に遠近法に基づいて描くことで見掛け状の立体感を表現して疑似3次元を記録します、工学的には3次元の構造体を平面図と複数の断面図を組み合わせて形状を表現します、構造が複雑になれば複数の図面が必要になります、ところで宇宙を表現するには縮小したとしても膨大な図面が必要になります、現状は宇宙の星の主として光学的観測で得られた成果を平盤上に位置を特定して星の情報を付加する作業が続けられていますこれが天文学の実体です、言い換えれば星の情報の一覧表の精度を極めようという作業に似ています。
これではあまりにも無機的であると考えます、天体の星や星団はすべてが活動しているというい前提で考えると動的な要素が欠落しています、宇宙の動的な要素を含めて表現するとなると従来の手法では不可能です、
そこで登場が待たれるのがコンピューターを使った立体動画表示装置になります、これで表現力が飛躍的に豊かになり動的な宇宙像が描けるようになります、そうなりますと従来の静止画像に満足しないで動的な構造を追い求めるようになります、是非にそうなって欲しいものです。

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